精神鑑定はなぜ間違えるのか?

 精神鑑定は非常に難しい。診察医が意図してか無意識のうちに行っているか分からないものの、世論を反映していたり被告に対して同情的になると病理を重く解釈するなど、自身の主観をいかに排除できるか難しいところです。

 大阪教育大学池田小事件では、パーソナリティ障害の診断で減刑がないということが印象に残っており、専門学校の授業でもパーソナリティ障害と刑法39条による減刑についての関係を当時解説していました。

 当時の解釈では疾病がある=39条の対象というようなシンプルな構図になっていたのでしょう。疾患の有無で責任能力が左右されるのは不思議なもので、病気になり得ということにもなりかねません。

 本書の岩波先生の診断は妥当であり、パーソナリティ障害については自分も疑問があります。ただ、疾患として判断すると減刑に至る、ということが想定されるためにこの診断になったのでは、という想像もできます。病気でも責任能力があることを力説しても法の壁は非常に高いので、責任能力から判断したのだと思われます。

 帝銀事件は不思議な事件であり、現在も諸説ありますが犯人は誰なのか?というところからスタートしており謎ばかりです。

 なぜこの事件が起きたのか、想像をめぐらしながら読むと他の視点が見えてきます。

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