ギフテッドの支援

 ウェブニュースでギフテッドが話題になっていたので、これについて少し考えてみます。

ギフテッドとは

 wikipediaの定義の一部を抜粋しています。

 一般的な人々と比較して先天的に顕著に高い知性や精神性、共感的理解、洞察力、独創性、優れた記憶力を持つ人々を指す。

 能力的に高いということですが、知性のほかに芸術性、身体能力、見た目も先天的に与えられたものと考えられそうですが、主には知性の支援を指すのでしょうか。高い精神性は定義が難しいです。相手を合わせることが高い精神性なのか、心理的葛藤のセルフケアが上手いのか、よくわかりません。

 運動はスポーツ選手になることも多そうですが、知的に異常に高いのであれば国家プロジェクトでどうその人を育てていくかを考えることになるでしょう。

ギフテッドの課題

 yahooニュースでは下記のような有識者会議の提言が記載されています。

(1)特異な才能のある児童生徒の理解のための周知・研修の促進
(2)多様な学習の場の充実
(3)特性を把握する際のサポート
(4)学校外の機関にアクセスできるようにするための情報集約・提供
(5)実証研究を通じた実践事例の蓄積

 個人的には心理的サポートについては触れていないことが気になります。IQが高い、能力が高くても精神的にそれに追いついているとは限りません。相手を馬鹿にする、下に見ることがあるかもしれない。そうであれば本人を諫めることも成長には大事です。特性把握のサポートとはいうものの、長所のサポートは行うものの短所のサポートは行わない、従来通りだと言われても困ってしまいます。

私ならこのような対応をする

 短所に対する周囲の理解であれば、これまでの発達障害とそれほど変わりません。あとは悪いことはきちんと教えて軌道修正を行う、周囲の人とのかかわり方等友人作りの方法を考えるため、デイケアに協力してもらう。

 知性のギフテッドであれば心理検査が必要ですが、心理検査を解釈し、支援の仕方を伝えるのが精神科の役目になりそうです。動作性IQが低ければ動くための一緒に行動の練習をする。普段の会話で困ることをSST実施し対策を考える、という感じでしょうか。

 外来で話をしたからよくなるわけではなく、生きづらさの課題を小出しに考えていくところとして使ってもらうのがいいでしょう。診療報酬にも反映してほしいものです。

 ギフテッドは能力的に高いのに生きづらいということで、外来で「うちの子はギフテッドだと思う」と言ってくる親がいるかもしれません。その場合もなぜそう思うのか、生きづらさは何かを整理して検査を行うか周囲の支援を考えていくのかを伝えていくことになります。「発達障害かも」で受診される方は時々いますが、今後は「ギフテッドかも」で受診される層が出ることを想定して外来に取り組むことになりそうです。

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