謝罪の仕方を考える

 謝罪の仕方で受け取り方の印象はだいぶ変わる。謝り方教室の講師を仕事にしている方もいるくらいなので、社会の需要も大きいのであろう。

 私が思い浮かべた中で、テレビを見ていて印象に残るのは「非定型」の謝り方だ。 非定型とは「心の中では何を考えているかわからない」ような印象を受け手に与える謝り方とする。

 具体的にはどのようなものか。昔飲食店で責任者が謝罪の時に「申し訳ありませんでした」と語気を強めて言い、本心では謝るつもりはないんだろうなと思わせた例や、芸能人が警察を出たときにドラマで見せるような土下座をした時だ。劇中の役になり切ったような謝り方であり、本心は謝っていると思うが「パフォーマンスじゃね?」と思わせるような動きにも見える。本心が見えない謝り方は受け手に悪印象を与える。

 最近では地方の芸術展の出品作が問題になり芸術監督が謝罪文を出していたが、文面だけで出すのはどうか。私としては悪手だと言い切る。なぜか。

 文面だけでは感情が見えてこないので、ネットに詳しい方が使う手段ではないと思う。パソコン前で胡坐をかきながら謝罪文を書いても、この文章は作れてしまう。内容も誰に対して、どの内容について言及しているのか分からず、ただ長い。文章だけでも本人の中で腑に落ちている印象が全く見受けられない。この内容であれば、今の時点で出さずに、「俺は間違ったことをやっていない」と開き直るか、腑に落ちた時点で誰に何を謝るか決めて謝罪する方が印象は良いと思う。

 展示物の内容は論外だが、火消しだけしている感じなので世間の印象を悪くしていることを理解できないと、監督の今後の仕事に影響が出ると思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です